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佐倉前線北上中

佐倉前線という人の考え方がわかるブログ

途中下車の動画の字幕は本当に必要なのか?

大変な途中下車シリーズ 音MAD

もう7月ですね。

ブログは放置していましたが頭の中で話題は考えていました。

 

今回の議題はタイトル通り「途中下車の動画の字幕は本当に必要なのか?」です。

全てのMAD動画にも通じるところがあるかもしれませんが、私自身が途中下車以外の音MADに関して理解が浅いためあくまで「大変な途中下車シリーズ」に焦点を当てていきたいと思います。

 

◆そもそもMAD動画における字幕とは?

MAD動画にも種類があるが字幕をつけられる動画というと"音合わせ"だけではなく"セリフ合わせ"がある、また”セリフ合わせ”が主体となっている動画でほぼ間違いないでしょう。

ここではセリフ合わせで何を言っているかを動画に書き込むことその書き込まれた文章(歌詞)こそがMAD動画における字幕の定義となります。

多少の見解の相違はあれど、多くの方がこの定義に納得できると思います。

 

◆字幕をつけるメリットとは?

途中下車で言うと”路線自体が初見の視聴者に何が起こっているのか分かるくど過ぎない説明”という面が大きなメリットだと思います。私も数年前に知らない路線の動画を見た時に何を言っているか分からない(動画でも示されてない)ところで何を言っているか分かったのは非常に助かりました。

そういった”初見お断り感”を解消させてくれる字幕はシリーズの存続面に少なからず貢献していると言えます。

 

◆字幕によるデメリットとは?

ひとつめは動画投稿者は字幕がつくことを前提に動画を作っているわけではないので、字幕が動画より目立ってしまう事があること。これはニコニコのコメント自体が割と視認性が高く目立つことからよく発生してしまう事象です。あくまで動画がメインであり字幕は必要以上に目立ってはいけないのです。頑張って作った動画より字幕の方が目立ってしまっては投稿者としてもビミョーな気持ちになるというものです。

 

もうひとつ、大きなデメリットとして「完璧に歌詞を書くのが不可能」ということです。これに関しては間違いなく言えます。私もプライベートで歌詞を書くことがある(コメントはしない)のですが、完璧に書くことは無理です。

その理由としては、刻みの回数や重なった音声を聞き分けるのは単純に不可能ということ。テンポが早い音MADだとそれがより顕著になります。

更なる理由としては、鉄道放送の言い回しは非常に多くその言い回し全てを把握するというのは現実的ではないことです。例としては「到着」「到着です」「到着します」「到着致します」など一つ単語をとっても非常に多くの言い回しがあり、その人の先入観から「到着します」を「参ります」といった間違いも動画サイトでは多く見受けられます。

 

そして不完全な歌詞は書き込んだ動画のクオリティそのものを下げることになります。その動画が好きでやったことが完全に裏目に出ることがあるのです。

 

またこれは別問題ですが字幕を途中で放棄してやめてしまう人もそれなりに見られます。ニコニコ動画にしたコメントは自分では基本消すことができません。貴方の恥ずかしいコメントは半永久的に動画に残り続けるのです。ゆえに生半可な気持ちで書き込むことは出来るだけ控えていただきたいのです。

 

◆まとめ

まとめると私の意見は「自分の字幕に相当自信があり且つ投稿者の迷惑にならないと確信をもって言えないのなら字幕は書かないでほしい」です。

それでもやってみたい方はまずメモ帳あたりに下書きをしてみると良いでしょう。何度も見直すことでミスを減らせます。また書くのにどれくらい時間がかかるか計ってみると良いでしょう。その時間、他に充てた方が有意義かもしれません。

 

※これは佐倉前線の意見です。全ての作者がこういう考え方を持っているわけではありません。

 

 

次はREAPERについて書ければいいですね~。できるだけ早くします()